風景夢譚

楽しく学んだ歳時記の忘備録

9.白露次候:鶺鴒鳴(せきれいなく)

昨日、2013年9月11日に久しぶりに市内に買い物に出かけました。

山の上で暮らしていて、薄や露草も見えるのに、途中薄と露草を撮っていて、エノコログサの仲間を見つけました。

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エノコログサを見ると草野双人氏(雑草と歴史好きのお二方。倉部きよたか氏と清原 工氏)の著書「雑草にも名前がある」(2004)を思い出します。

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その最初が、獄窓の一輪エノコログサです。

「刈られずにわれの生かされ眺めもののゑのころ草の穂はそよぎたり」

「ゑのこぐさ獄窓辺の花器にそよぎゑて涼しき朝のいのち愛ほし」

「風浴みて愛しき雑草なるみづひきとゑのこぐさとを活けて笑みたり」

作者は、死刑囚として獄中にあった島秋人氏です。

・・・雑草は刈られる宿命を持つゆえに、処刑を待つ秋人の目には、よけい愛おしい存在として映ったのだろう。「この澄めるこころ在るとは識らず来て刑死の明日に迫る夜温し。処刑前夜である。人間として極めて愚かな一生が明日の朝にはお詫びとして終わるので、もの哀しいはずなのに、夜気が温かいと感じ得る心となっていて、うれしいと思う」(遺愛集)

本は以下で項を終えています。

一九六七年十一月二日、かえりみられることの少ない雑草エノコログサのように生きた島秋人は、拘置所にあった数年間、閃光のように生の輝きを放ち、三十三歳でその穂を摘み取られた。

 本には雑草そのものを詠った短歌も多いとし、以下の歌も記載しています。

「五月雨の止まぬに雑草は刈れずして小さきは小さき花を咲かせぬ」

「雑草のこと云ひたる事の無き死囚雨後にしばふのさわやかさ指す」

「いのち生くる独りの翳り慕はしく日向に雑草の萌ゆるを眺たり」

「刈られずに花となる雑草触りつつ空青き日に生くるは楽し」

エノコログサが稲穂のように首を垂れる姿を見ると窪田空穂氏に見いだされた歌人島秋人氏を思い出します。

所用後寄った小樽駅前の紀伊国屋書店で以下の本を購入。

せっかちな性格なので、来年の暦と手帳を購入しようと思ったのですが、九月下旬ころより販売とのことでした。

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