風景夢譚

楽しく学んだ歳時記の忘備録

100.夏・夏至:二十九候次候菖蒲華(あやめはなさく・しょうぶはなさく)

菖蒲華は、昨日(2015年6月27日)から7月1日まで。

歳時記の本には、あやめはなさく、歳時記カレンダーには、しょうぶはなさくと記載されています。

で、あやめとしょうぶについては、昨年記載の

sikihuukei.hatenablog.com

を訪ねていただくとありがたいです。

あやめの花が咲くころ。

今年も半年が過ぎようとしています。

時の過ぎるのも早いなとか遅いなと感じます。

庭や裏山の木々や花々を見て、例年に比べて早いとか遅いとか感じています。

季のことば:いずれがあやめ、かきつばた

季の野菜:冬瓜、旬は夏。

季のさかな:飛び魚

季の鳥:水鶏(くいな)

このブログの記載も百となります。

で、「大和言葉」について少し触れてみようと思います。

大和言葉では、秒とか分とかの単位とは異なる物差しで時を表しているようです。

時をどうとらえるかで、流れゆく時間のなかに新鮮な思いが生まれると思うのです。

時とは何かなと思うのですが、時が止まるとは死ぬことのように思うのです。

生きることは動きを示し、その中に喜びも悲しみもあると思うのです。

時は命の根源という本もあります。

朝、昼、夜といった言葉にも美しい響きを感じます。

「片時も」、「ひととき」、「瞬く間に」、「追い追い」、「朝な夕な」、「夜もすがら」、「常日頃」、「たそがれ」、「来し方行く末」、「行く行くは」、「来る〇〇年も」、「幾久しく」

定年退職後の日々は、瞬く間に過ぎ、はや九年目となり、朝な夕なに木々の生長や花々の美しさを愛でています。

「うろちょろ」と、「こそこそ」と、「ごそごそ」と、「さっ・さっさっ」と、「すっ・すっすっ」と、「すぱっ」と、「すらすら」と、「だっだーっ」と、「ちょこまか」と、「ちょろちょろ」と、「とっと」と、「びゅーっ」と、「びゅんびゅん」と、「ひょいひょい」と、「ひらっり・ひらっ」と過ごした八年でした。

「」は、大和言葉です。

2015年6月26日に小樽の手宮緑化植物園と手宮陸上競技場などで花々や景色を撮りましたので、貼り付けます。

睡蓮と踊子草を撮るのが、その目的です。

桜咲くころが撮りがいのある時期なのですが、今年初めて訪れました。

踊子草は植物園と競技場の間でいつも咲いているのですが、今年は見つけることができませんでした。

園から小樽港を望む、このあとに晴れて夏らしく

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園ではやっと紫陽花が咲き始めていました。家ではまだですが。

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姉妹都市友好の園で

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水生園で

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日本庭園で

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陸上競技場で思い切り走ってみたいな

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植物園に隣接の手宮公園で

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手宮公園のはずれで、踊子草の小さな株を撮る。

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手宮公園から手宮バスセンターへの途中で

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「しとしと」と蝦夷梅雨のような早朝に記載しています。

肌寒いです。「じとじと」ではないのです。