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風景夢譚

楽しく学んだ歳時記の忘備録

189.秋・白露:四十五候末候玄鳥去(つばめさる)

玄鳥去(つばめさる)は、明日(2016年9月17日)から9月21日までです。つばめが暖かい南へ帰っていくころです。

↓昨年の記載を読んでいただくとうれしいです。↓

sikihuukei.hatenablog.com

 

数日前に差出人「東京都東京MSN天気予報」から、件名「北海道十五夜を楽しめそう」のメールが届いていました。

で、昨夜の中秋の名月を撮ってブログに貼り付けようと思ったのです。

でも曇り空で「無月・雨月」でした。

雲が晴れるかと八時ころまで待ったのですが、あきらめました。

昔の人は、天候がすぐれず、仲秋の名月が見えないことを「無月・雨月」と表し月を愛でてきたようです。

昔の人は月のある方角を仰いでいるようです。

小樽に住んで10年以上ですが、名月のある方角は厚い曇り空ではわかりません。

そのほかにおしゃれな月の表し方として、良夜、宵闇、嫦娥、玉兎、銀蟾(ぎんせん)、朧月、夏の霜、月冴ゆなどがあるようです。知っていたのは朧月くらいかな。

また、月の満ち欠けの名前も新月、繊月、三日月、上弦の月、十日月、十三夜、子望月、十五夜十六夜、立待月、居待月、寝待月、更待月、下弦の月有明の月、三十日月そして新月へ。

月の満ち欠けが暦だった時代、月の満ち欠けや運行をもとに、名前をつけ楽しみ、その名前が広く世に伝わっていたのですね。

満ち欠けの名前は少し知っていました。

月と言いますと土井晩翠作詞、瀧廉太郎作曲の「荒城の月」を思い出します。

小学校で習った日本の童謡ですね。

特に、大分県竹田市の瀧廉太郎氏の旧居「瀧廉太郎記念館」を二十数年前に縁あって訪れたことを思い出します。予定が午前で終わり、午後の空き時間に慌てて訪れました。

記念館の前に国指定史跡「岡城跡」を訪ねました。

岡城を年頭に作曲したのだろうか。

23才の若さで亡くなり、多くの作品を遺しているようです。1900年(明治33年)に組曲「四季」を発表し、そのなかに「月(秋の月)」(作詞瀧廉太郎)があるようです。

竹田市を訪れたころはフイルムカメラでたぶんデジタル化したと思っていました。

でも探し出すことはできませんでした。

デジタル化し忘れたかな。

竹田市より古い撮影のデジタル化したのはあるのです。

いま小樽の手元にある竹田市の思い出のものは、下に貼り付けた岡城跡で購入した巻物のような岡城の歴史、築城、岡城への登城を記載したものです。

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これを購入した確かな理由は思い出せないのですが、この巻物ようなものを見ると城の概要がわかり、お城の遺構や瀧廉太郎の銅像も撮ったなと思い出すのです。

撮ることでお城や瀧廉太郎記念館の風景は、思い出として残っていないのです。

撮ったので後で見ようと脳裏に刻まれていないのです。

縁あってまた訪ねたいですね。

岡城の見学もそこそこに瀧廉太郎記念館を訪ね、汽車の時間が迫り駅まで急いだことを思い出します。お城から遠く九重連山が見えたと思うのですが。

昨日の十五夜のように竹田市の思い出は、厚い雲の中です。

「・・・・・荒城の月の歌碑は、全国に四か所設置されているようです。土井晩翠が詞を構想したとされる宮城県仙台市青葉城址、同じく福島県会津若松市鶴ヶ城址、そして瀧廉太郎氏が曲を構想したとされる大分県竹田市の岡城址、同じく富山県富山市の富山城西側です。七五調の歌詞と西洋音楽のメロデイが融合した名曲「荒城の月」・・・・・」と「世界の民謡・童謡」に記載してあり、歌詞やメロデイを聞くことができます。

今宵は十六夜、ためらうという意味の古語「いさよう」が語源とか、十五夜よりもためらって昇る様子を表すとのこと。十六夜の別名「不知夜月(いさよいつき)」、「既望(きぼう)」。

城址や瀧廉太郎記念館で中秋の名月は鑑賞できただろうか。

今宵、厚い雲に覆われないことを祈り、終わります。

なお、科博メールマガジン第698号の冒頭に「・・・・・今夜(9月15日)のお月見を考えている方は、縁起が良くないとされる「片月見」とならないように、来月の「十三夜」もお忘れなく。今年は10月13日です。・・・・・」とあります。

今年は雲が厚く名月を見れなかったな。

来月みたらやはり「片月見」になるるのではないのだろうか。